腰痛の話 体験編

25歳、当時はデスクワークだったのですが、数時間座って仕事をして立ち上がると腰が重く感じだしたのが始まりでした。

そのうち、いつも腰が重く痛みも出だしたので、病院に行ってレントゲンやMRIで検査をしてもらうも、多少ヘルニアの気もあるが正常!ということで、湿布や痛み止めが出されるだけでした。
ゴルフに行くと前半はいいのですが、後半になると腰が重だるく、動きも悪く、腰の回転が止まるので左に引っ掛けるポールが増える…
そして、初めてのぎっくり腰をやってしまいます。
そこから毎年、秋になるとぎっくり腰をやって3日程寝たきりになるのが通例になりました。
そのうち、年に2、3回。駅の真ん中で動けなくなったこともありました。
出張してきて浜松町でギクッとあせる最悪。
知人の家で寝たきり。そこで飼われているワンちゃんとお留守番。頭から2mのところでウンチしているワンちゃんと目が合うものの、そのうんちの片付けは無理…諦めてウンチと共に泣きながら留守番したこともありました …トホホ
マッサージや整体に通うようになり、痛み止めを飲み、腰にはコルセットが当たり前になりました。32歳です。
ぎっくり腰の頻度は上がったものの、その痛みにも慣れ、寝たきりにならないで痛み止めや頑丈なコルセットで何とか凌ぐ方法を編み出す。
35歳でお店を始めて、一日中の立ち仕事、屈んでの入荷作業、1日4,5時間の車の運転。腰だけでなく背中一面ボロボロでした。コルセットの中に大きな保冷剤を入れて冷やして痛みを麻痺させて仕事していました。
自然食品店を始めて薬の怖さもわかってきたし、薬の類は一切飲まず、塗らずで、とにかく痛みとの戦いでした。
早朝、野菜を農家さんのところにもらいに行くのですが、高速道路の切れ目(分かりづらいでしょうけどあるんです。つなぎ目が)の、ガタッっていう振動のたびに激痛で、その度に呼吸が止まる感じでした。
2~3秒おきです。
子供が生まれて、前抱っこで仕事して、いよいよ腰に負担がかかったのでしょう。
冬の寒い部屋で、とにかく横になりたくて、うとうとしたのがきっかけだったような気がします。
42歳。炎上。バーンアウト。
まったく動けなくなりました。
仕事はできず、家でナメクジのように這って動いて、何とか生きてる状態。
情けなかったです。
駅まで何とか歩こうと外に出て進み出すも50m程で、痛みに耐えきれず断念、そこから足を動かせず、たった50mのためにタクシーを呼び、恥ずかしいので違う場所で降りて、別のタクシーに乗り換えて帰ってきたこともありました。もちろん乗り降りは地獄の痛みでした。
それでも、二重に頑丈なコルセットを巻いて、子供が小さかったので子守をしながら、ベビーカーを杖代わりに何とか歩いていました。隣をおばあちゃんの買い物カー(手押し車)に抜かれた時は、人生が終わったような気分でした。
座頭一のようにベビーカーを押して歩いていましたね。
そのうち、整体などで触ってもらうにも痛みに耐えられず、寝ていても痛くて眠れなくなりました。
色んな本を読み、ネットなどで調べていくうちに、サーノ博士の「ヒーリングパックペイン」に出会いました。これは、腰痛だけではなく、もっと深い本です。
ここから、自分の腰痛治療は心のことからのアプローチになりました。
心や潜在意識を扱える専門家を訪ねてまわりました。
そのうちの一人が、朝倉穂高先生。
カイロの先生ですが、キネシオロジー(筋反射テスト)も扱える若いけど、天才、ついでにイケメン。
もしかしたら治るかもしれない…と思えたのは、間違いなく朝倉先生がきっかけだったと思います。
ここから、本当の治療、治癒が始まりました。
体験編 終わり      治癒編へ続く
{E015A9AC-F910-40E1-B037-B0AAE057D947:01}
輪屋
http://www.rinya.jp/

毎月開催シークレットセールのお知らせが届くLINE@への登録はこちらから↓

http://line.me/ti/p/%40okw0032y

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする